「従業員が仕事中に事故を起こした場合、会社はどこまで責任を負うのでしょうか。」
「会社が被害者へ損害賠償をした後、その金額を従業員へ請求することはできるのでしょうか。」
「『会社は利益を得ている以上、事業のリスクも負担すべき』という考え方には、どのような意味があるのでしょうか。」
会社が従業員を雇用して事業を行う以上、業務中に事故やトラブルが発生する可能性を完全になくすことはできません。
営業中の交通事故、配送中の事故、建設現場での事故、接客中のトラブル、医療事故など、様々な場面で第三者へ損害が発生することがあります。
このような場合に問題となるのが、
「使用者責任」
です。
もっとも、使用者責任は単に、
「会社も責任を負う」
という制度ではありません。
会社が従業員へ求償できる範囲や、報償責任、危険責任、損害の公平な分担という考え方など、多くの法理が関係しています。
本記事では、使用者責任について、制度の趣旨から実務上の注意点まで総合的に解説します。
■ 使用者責任とは
使用者責任とは、民法第715条に定められている制度です。
事業のために他人を使用する者は、その被用者が事業の執行について第三者へ加えた損害について、一定の場合に損害賠償責任を負います。もっとも、使用者が被用者の選任・監督について相当の注意をした場合などには免責が認められる余地があります。また、使用者が損害を賠償した場合でも、被用者に対する求償は妨げられません。
つまり、
事故を起こした本人だけではなく、
事業を営む会社も一定の責任を負う制度です。
■ なぜ会社も責任を負うのか
会社は、
・従業員を採用する
・業務内容を決める
・仕事の方法を指示する
・設備や車両を準備する
・利益を得る
という立場にあります。
従業員は会社の事業の一部として業務を行っています。
そのため、
事業活動によって発生した損害については、
事故を起こした従業員だけではなく、
事業を営む会社にも責任を負わせることで、
被害者をより確実に救済しようという考え方があります。
■ 使用者責任が成立する要件
使用者責任が成立するためには、主に次の要件が必要です。
・使用者と被用者の関係があること
・被用者に不法行為が成立すること
・第三者へ損害が発生していること
・その損害が「事業の執行について」生じたこと
特に問題となることが多いのが、
「事業の執行について」
という要件です。
例えば、
営業中の交通事故、
配送中の事故、
建設現場での事故、
接客中の事故などは、
業務との関連性が認められる可能性があります。
一方、
休日の私生活上の事故などは、
通常、使用者責任の対象にはなりません。
■ 求償権とは
会社が被害者へ損害賠償を支払った場合、
事故を起こした従業員へ一定の範囲で支払を求めることができます。
これが、
求償権
です。
民法第715条も、
使用者から被用者への求償を認めています。
しかし、
ここで重要なのは、
求償できることと、全額請求できることは違う
という点です。
■ 全額請求できるとは限らない
最高裁判所は、
会社が支払った金額を当然に全額従業員へ請求できるとは考えていません。
会社は、
従業員を使用して利益を得ています。
また、
事故の危険を伴う事業を選択し、
その事業を組織・管理しています。
したがって、
事故の損害をすべて従業員一人へ負担させることは、
公平ではない場合があります。
そこで、
会社から従業員への求償は、
「損害の公平な分担」
という考え方から制限されることがあります。
最高裁判所は、事業の性格や規模、業務内容、労働条件、事故の態様、事故防止や損失分散について使用者が講じた措置などを総合的に考慮し、使用者は信義則上相当な範囲でのみ求償できると判断しています。(courts.go.jp)
■ 報償責任という考え方
報償責任とは、
利益を得ている者は、その利益を生み出す活動から発生する損害についても一定の責任を負うべきである
という考え方です。
会社は、
従業員の労働によって利益を得ています。
その利益だけを受け取り、
事故が起きたときだけ損失を従業員へ負担させることは、
公平とはいえません。
そのため、
会社にも一定の責任を負わせることが合理的であると考えられています。
■ 危険責任という考え方
危険責任とは、
危険を作り出し、その危険を管理している者は、その危険が現実化した場合の損害についても責任を負うべきである
という考え方です。
例えば、
運送会社は交通事故の危険を伴う事業を営みます。
建設会社は重機や高所作業という危険を伴います。
会社は、
その危険を伴う事業を選択し、
業務を管理しています。
したがって、
事故が発生した場合には、
危険を管理している会社も一定の責任を負うことが合理的であると考えられています。
■ 求償額はどのように決まるのか
裁判所は、
一律の割合で求償額を決めるわけではありません。
例えば、
・従業員の故意や過失
・事故の危険性
・会社の教育体制
・会社の監督状況
・勤務状況
・長時間労働の有無
・保険加入
・会社の規模
・事故防止措置
・業務内容
など、
様々な事情を総合的に判断します。
そのため、
「事故を起こしたから全額」
という結論にはなりません。
■ 保険との関係
業務中の事故では、
・労災保険
・自賠責保険
・任意自動車保険
・施設賠償責任保険
・請負業者賠償責任保険
・生産物賠償責任保険
など、
様々な保険が関係することがあります。
特に、
労災保険は従業員本人を補償する制度であり、第三者への損害賠償を補償する制度ではありません。
また、
会社が保険によって損害の補填を受けている場合には、
会社にどの程度の実損害が残っているのかも重要になります。
■ 従業員が注意すべきこと
会社から、
「全額弁償してください。」
と言われても、
その請求がそのまま法的に認められるとは限りません。
まず確認すべきなのは、
・会社が実際に支払った金額
・保険金の有無
・会社側の管理体制
・事故原因
・自分の過失の程度
・求償額の根拠
です。
また、
給与からの控除や弁済合意書への署名を求められた場合には、
十分な説明を受ける前に応じるべきではありません。
■ 会社が注意すべきこと
会社としても、
事故が発生したからといって、
直ちに全額を従業員へ請求できるとは限りません。
事故原因だけではなく、
・教育
・監督
・保険
・安全管理
・勤務体制
など、
会社自身の管理状況についても検討する必要があります。
また、
事故を未然に防ぐためには、
安全教育、
業務マニュアル、
保険加入、
設備管理、
長時間労働の防止など、
日頃からのリスク管理が重要です。
【よくある誤解】
■ よくある誤解①
「仕事中の事故はすべて会社が責任を負う」
使用者責任が成立するためには、事故が事業の執行について発生したことなど、法律上の要件を満たす必要があります。
■ よくある誤解②
「会社は支払った損害を全額従業員へ請求できる」
最高裁判所は、求償額は損害の公平な分担という観点から制限されると判断しています。
■ よくある誤解③
「軽過失なら従業員は責任を負わない」
軽過失でも一定の求償が認められる可能性があります。
■ よくある誤解④
「保険があるから会社に損害は残らない」
保険には補償範囲や限度額、免責金額があり、会社に実損害が残る場合もあります。
■ よくある誤解⑤
「労災保険が使われればすべて解決する」
労災保険は労働者本人を補償する制度です。
第三者への損害賠償や会社と従業員との求償関係は、別途検討する必要があります。
【実務で重要なこと】
使用者責任に関する問題では、
一つの制度だけを見ても適切な結論は出ません。
実務では、
・事故の発生状況
・会社の指示内容
・業務との関連性
・会社の教育体制
・事故防止措置
・保険加入状況
・会社が実際に負担した損害
・従業員の故意・過失
などを総合的に検討する必要があります。
会社から高額な弁償を求められた場合には、
請求書だけで判断するのではなく、
事故報告書、保険資料、示談書、業務指示書、勤務記録などを確認し、
請求の法的根拠を整理することが重要です。
一方、会社としても、
従業員へ請求する前に、
事故原因や保険による補填、会社自身の安全管理体制を十分に検討し、
損害の公平な分担という考え方を踏まえて対応することが求められます。
【まとめ】
使用者責任は、
会社が従業員を使用して事業を行う以上、
事業活動から生じる一定の損害についても責任を負うという制度です。
その背景には、
被害者保護だけではなく、
報償責任、
危険責任、
損害の公平な分担
という考え方があります。
会社が被害者へ損害賠償を行った場合でも、
従業員への求償は無制限ではありません。
最高裁判所は、
事業の性格や規模、
業務内容、
会社の安全管理、
事故防止措置、
保険加入状況、
従業員の過失などを総合的に考慮し、
信義則に照らして相当な範囲でのみ求償が認められるとしています。(courts.go.jp)
事故が発生した場合には、
会社、従業員、被害者、保険会社など、多くの関係者が関与します。
感情的に「全額弁償すべき」「会社が全部払うべき」と結論づけるのではなく、
法的根拠と具体的事情を整理したうえで、適切な解決を図ることが重要です。
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