「従業員が仕事中に交通事故を起こした場合、会社と従業員のどちらが責任を負うのでしょうか。」
「労災保険を使えば、第三者への損害賠償も補償されるのでしょうか。」
「会社が加入している保険から保険金が支払われた場合でも、従業員へ求償することはできますか。」
従業員が業務中に事故を起こした場合には、
使用者責任、
従業員本人の不法行為責任、
労災保険、
自賠責保険、
任意の自動車保険、
事業者向け賠償責任保険など、
複数の制度が関係することがあります。
しかし、それぞれの制度は、同じ損害を補償するものではありません。
特に注意が必要なのは、
「従業員が第三者へ与えた損害」
と、
「事故によって従業員自身が受けた損害」
を分けて考えることです。
例えば、配送業務中の従業員が会社の車で交通事故を起こした場合には、
・事故の相手方が負傷した
・相手方の車両が壊れた
・運転していた従業員自身も負傷した
・会社の車両も破損した
という複数の損害が同時に発生することがあります。
これらは、すべて同じ制度で処理されるわけではありません。
この記事では、業務中の事故で誰が誰に対して責任を負い、労災保険や民間保険がどのように関係するのかを解説します。
■ 使用者責任は第三者の損害を賠償する制度
民法第715条は、事業のために他人を使用する者について、被用者がその事業の執行について第三者へ与えた損害を賠償する責任を定めています。
例えば、従業員が業務中に交通事故を起こし、歩行者や他の車両の運転者へ損害を与えた場合には、一定の要件の下で、会社が使用者責任を負うことがあります。
民法第715条は、使用者が被害者へ賠償した場合でも、被用者に対する求償を妨げないことも定めています。もっとも、会社から従業員への求償は無制限ではなく、損害の公平な分担という観点から制限されることがあります。
使用者責任が主に問題とするのは、
従業員の業務上の行為によって損害を受けた第三者の救済
です。
従業員本人のけがや病気を補償する労災保険とは、対象となる損害が異なります。
■ 労災保険は誰を補償する制度なのか
労災保険は、労働者が業務上の理由または通勤によって負傷し、疾病にかかり、障害が残り、または死亡した場合などに、労働者本人や遺族に給付を行う制度です。
したがって、従業員が業務中の交通事故で負傷した場合には、業務災害として労災保険給付の対象となる可能性があります。
一方で、労災保険は、原則として、
従業員が第三者へ与えた損害を賠償するための保険ではありません。
例えば、従業員が営業車で歩行者をはねた場合、負傷した歩行者に対する損害賠償を、労災保険が会社や従業員に代わって支払うわけではありません。
歩行者に対する賠償については、
・従業員本人の不法行為責任
・会社の使用者責任
・自動車の運行供用者責任
・自賠責保険
・任意の自動車保険
などが問題となります。
これに対し、運転していた従業員自身が負傷した場合には、労災保険が問題となります。
■ 一つの事故で複数の法律関係が発生する
業務中の交通事故では、一つの事故から複数の法律関係が発生することがあります。
例えば、配送会社の従業員が業務中に会社のトラックを運転し、相手車両と衝突したケースを考えてみます。
この事故では、次のような問題が生じます。
1.相手方のけが
相手方は、事故を起こした従業員本人に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求できる可能性があります。
また、事故が会社の事業の執行について発生したものであれば、会社に対して使用者責任を追及できる可能性があります。
さらに、自動車事故では、自動車損害賠償保障法上の運行供用者責任も問題となることがあります。
2.相手方の車両や物品の損害
相手車両の修理費や積載品の損害などについても、従業員本人や会社の損害賠償責任が問題になります。
ただし、自賠責保険は基本的に人身損害を対象とする制度であり、車両や物品などの物的損害は対象になりません。
物的損害については、任意保険の対物賠償保険などを確認する必要があります。
3.従業員本人のけが
運転していた従業員本人が負傷した場合には、業務災害として労災保険給付の対象となる可能性があります。
相手方にも過失がある場合には、従業員は相手方に対する損害賠償請求権を持つこともあります。
4.会社の車両の損害
会社の車両が破損した場合には、車両保険の対象となるか、相手方へ修理費を請求できるか、従業員へどこまで損害賠償を求められるかなどが問題となります。
このように、一つの交通事故でも、損害の種類ごとに適用される制度が異なります。
■ 第三者行為災害とは
従業員自身が、業務中または通勤中に第三者の行為によって負傷することがあります。
例えば、
・営業中に相手車両から追突された
・配送中に他の運転者の不注意で負傷した
・顧客や施設利用者から暴行を受けた
・他社の作業員のミスによって負傷した
という場合です。
このように、労災保険給付の原因となった災害が第三者の行為によって発生し、その第三者が被災労働者や遺族に対して損害賠償義務を負うものを、
「第三者行為災害」
といいます。
第三者行為災害では、被災した従業員は、
・労災保険に対する給付請求権
・加害者に対する損害賠償請求権
の両方を取得する可能性があります。
ただし、同じ損害について、労災保険と加害者の双方から二重に補償を受けることはできません。
■ 労災保険と損害賠償の支給調整
第三者行為災害では、労災保険給付と民事上の損害賠償との間で調整が行われます。
政府が先に労災保険給付を行った場合には、政府は、その給付額の範囲で、被災労働者が第三者に対して持っていた損害賠償請求権を取得します。
そして、政府が加害者やその保険会社などへ支払を求めることがあります。
これを、労災保険における政府の求償といいます。
反対に、被災労働者が先に第三者から損害賠償を受けた場合には、その金額の範囲で労災保険給付が調整されることがあります。
厚生労働省は、第三者行為災害について、政府による求償と、先に損害賠償を受けた場合の控除という仕組みを案内しています。
なお、ここでいう政府から第三者への求償と、会社から事故を起こした従業員への求償は、別の制度です。
同じ「求償」という言葉が使われますが、請求する者、請求される者、法的な根拠が異なります。
■ 第三者行為災害届の提出
第三者行為災害に該当する場合には、労災保険の請求手続と併せて、
第三者行為災害届
などの書類を提出する必要があります。
厚生労働省は、第三者行為災害届を含む労災保険給付関係の様式を公開しています。
交通事故の場合には、一般に、
・交通事故証明書
・事故発生状況を示す書類
・念書
・示談書の写し
・自賠責保険や任意保険に関する資料
などが必要になることがあります。
必要書類は事案によって異なるため、管轄の労働基準監督署へ確認することが重要です。
■ 労災申請前に示談してもよいのか
第三者行為災害では、労災保険の処理が終わる前に、加害者や保険会社から示談を求められることがあります。
しかし、示談の内容によっては、その後の労災保険給付や追加の損害賠償請求に影響する可能性があります。
特に、
・今後一切請求しない
・治療費を含めてすべて解決済みとする
・後遺障害が残っても追加請求しない
などの条項が含まれている場合には注意が必要です。
治療が終わっていない段階や、後遺障害の有無が確定していない段階で全面的な示談をすると、後から損害が拡大しても追加請求が難しくなることがあります。
労災給付との調整も必要になるため、第三者行為災害では、示談前に労働基準監督署や専門家へ確認することが重要です。
■ 自賠責保険とは
自賠責保険は、自動車事故による人身被害者を救済するため、自動車の保有者に加入が義務付けられている保険です。
業務中の交通事故で相手方が死傷した場合には、相手車両の自賠責保険から一定の補償を受けられる可能性があります。
一方、自賠責保険は、原則として、
・相手車両の修理費
・店舗や塀などの物的損害
・会社の車両の修理費
・事故を起こした側の車両損害
を補償する制度ではありません。
また、自賠責保険には法定の支払限度額があるため、人身損害のすべてを自賠責保険だけで補償できるとは限りません。
国土交通省は、自賠責保険・共済制度に加え、ひき逃げや無保険車による事故の被害者を対象とする政府保障事業についても案内しています。
■ 任意の自動車保険との関係
会社が業務用車両を所有または使用する場合には、一般に、自賠責保険とは別に任意の自動車保険へ加入することが検討されます。
任意保険には、契約内容に応じて、
・対人賠償保険
・対物賠償保険
・人身傷害保険
・搭乗者傷害保険
・車両保険
などがあります。
ただし、保険金が支払われるかどうかは、契約内容、運転者の範囲、車両の使用目的、免責事項、事故状況などによって異なります。
例えば、
・契約上の運転者の範囲に従業員が含まれていない
・業務使用が契約内容に反映されていない
・無免許運転や故意による事故である
・事故の報告が遅れた
・契約上の免責事由に該当する
という場合には、保険金の支払が問題となることがあります。
会社は、単に任意保険へ加入するだけではなく、実際の業務内容や運転者の範囲に契約内容が合っているかを確認する必要があります。
■ 保険金が支払われた場合、会社は従業員へ請求できるのか
会社が加入している保険から第三者への賠償金が支払われた場合、会社に現実の損害がどこまで残っているかを確認する必要があります。
会社が被害者へ1000万円を支払ったとしても、その全額が保険で補填された場合には、会社自身が1000万円全額の損失を負ったとは限りません。
したがって、会社が従業員へ求償する場合には、
・会社が実際に負担した賠償額
・保険会社から支払われた金額
・免責金額
・保険で補償されなかった損害
・保険料の増額などを損害として主張しているか
・保険会社が取得した代位請求権の有無
などを整理する必要があります。
同じ損害について、会社と保険会社が重複して従業員へ請求することは認められません。
また、会社に損害が残っていたとしても、従業員への求償範囲は、損害の公平な分担という観点から制限される可能性があります。
■ 保険会社から従業員へ請求されることはあるのか
保険会社が保険金を支払った場合には、法律や保険契約に基づき、保険会社が一定の範囲で第三者に対する請求権を取得することがあります。
これを、一般に保険代位といいます。
もっとも、保険会社が事故を起こした従業員本人へ請求できるか、どの範囲で請求できるかは、保険の種類、契約内容、従業員の立場、事故の態様、故意または重過失の有無などによって異なります。
保険金が支払われたからといって、
「従業員には一切請求が来ない」
とも、
「必ず保険会社から全額請求される」
とも限りません。
会社や保険会社から請求を受けた場合には、請求主体、法的根拠、損害額、保険契約の内容を確認する必要があります。
(以下つづく)
